710: 名無しさん@おーぷん 21/11/21(日)14:07:35 ID:0f.wi.L1
今の時期になると、昔経験した事故と、私の5才年上のバイト先の先輩だったAさんを思い出す。

Aさんは今でいうイケメンで性格も温和。
語り口調も私達年下のバイト仲間にまで敬語を使う、優しい目をした人だった。

私が若い頃、今から数十年も前だけど流行ったのが “不良” と言われる服装や言動。
皆、何を怒ってるのか分からないけど殺伐としていて、苛めや家庭+校内内暴力が盛んで(大人しい私も苛めの対象になる事が多かった)、でも今のようにすぐ “不登校” をすれば “社会的落伍者” というレッテルを張られた。
幾ら自分に非が無かろうと、ただ『学校に行かない/行けない』だけで、親からも教師からも疎外される時代だった。

私は中2の時、私を嫌ってた子(B子とします)が不良グループと付き合ってて、酷い暴行を受けた。
その事がきっかけで家から出れなくなって、私は3年近く引き籠った。
母は、私の受けた暴行が世間に知れて辱めを受けた事で病み、専門病院に入院した。
父は元々単身赴任で家族に全く興味が無い人だったので、近くに住む伯母宅に居候させて貰い、その費用を毎月幾らか伯母に払う事で逃げた。
伯母は母とあまり親しくは無かったので基本無視されたが、私にはそれが有難かった。

私が17才になった時、従姉妹から定時制高校を薦められた。
いい加減自分も辛かったので思い切って通い出したら、自分の性格に合ってたようで、再び外に出れるようになった。
そこで出会った4才上のお水をしていた子に誘われ、一緒に遊ぶようになった。
何度かお店も手伝ううちに自分は案外モテると気付いたが、単に若くて世間知らずなだけだったのだろう。

そして自分でも働く意欲が沸き、丁度定時制高校の近所のガソリンスタンドでバイトを募集してたので応募し、定時制高校に通いながらバイトを続けた。
そのガソリンスタンドの主任だったAさんを中心にバイト仲間は皆仲良く、一緒に遊びに行ったりする関係になって、私はAさんに好意を抱いてた。




夏休み中、当時若者は皆早い車やバイクに夢中で、ガソリンスタンドも若者が集まる場所だったが、
その中に昔、私を苛め暴行させたB子がいた。
B子は私に気付き、周りにいた仲間の前で苛めや受けた暴行の内容を嬉々として大声で話し出した。
私は引き籠りだった事や定時制高校に通うのは話すも、それ以上は心に深く閉まっていたが、全て暴露されてパニックになり、バイト中にも関わらずガソリンスタンドから逃げた。

1週間、部屋から出る事も寝る事も出来なくなり、高校の担任が家に来ても会う事も出来ず、休学した(後に復学し卒業した)。
バイト先には従姉妹に頼んで退職をお願いしたが、Aさんは
「(私)と話したい」
と何度も家に来て下さり、どうにか外で会い、これまでにあった事を話した。
黙って私の過去を聞いてくれたAさんは、私の話にただ
「大変だったね」
と言い、あの後・私が店を飛び出した後について教えてくれた。

あの時、店にはB子・B彼・B友人・B友人彼氏と店のバイト仲間5人がいたが、私と同じ年のバイト仲間だった男子がB子達を怒鳴りつけ、B子友人とその彼氏もB子を罵って退店したそうだ。
残ったB子とB子彼氏に店長が色々話したが、B子には理解できなかったようで、B子とB子彼氏は車に乗って帰ったらしい。
そして店長からその場に居た全員に、私に対しての気遣いの言葉を仰って下さったとか。

そしてAさんは店長に
「何とか私子にバイトに戻れないか聞いてくれ」
と頼まれ、
「心配だったので何度も来た」
と言われ、私は1か月程後、バイトに復帰した。
当時の仲間は本当に優しく私を理解して受け入れてくれた。

711: 名無しさん@おーぷん 21/11/21(日)14:08:00 ID:0f.wi.L1
丁度10月末、私がバイトに入ってた時、B子とB子彼氏の車が給油に来た。
対応はAさんがして、私はレジカウンターに居たが、私を見つけたB子が再び指を差して私を笑った。
B子彼氏も同じく笑いながら車を発進させた。
店の前は大きな右カーブで国道だったので大型車がよく通るが、その時たまたま大型ダンプカーがカーブに入る前で、無理やりB子彼氏の車が合流し、ハンドルを切り損なったダンプカーに圧し潰される形でB子彼氏の車がダンプカーとガードレールに挟まった。

私達が駆け寄ると運転席側はダンプカーに潰され、ひしゃげた車体の助手席側と天井の隙間からB子の左手が出ていた。
暗い車内から大音量の流行歌が聞こえ、その奥に泣き叫んでるB子が見えた。
私達は警察に連絡し国道の自動車の誘導を行い(警備の資格を持つ人がいたのと、ガソリンスタンドなので誘導灯があった)、現場で大騒ぎになった。

ダンプカーの運転手を救助した時、漏電したのかいきなり着火し、ダンプとB子彼氏車が炎に包まれた。
その時、私はB子に声を掛けていたが、Aさんに腕を掴まれ引っ張ってくれた御蔭で爆発に巻き込まれずに済んだ。
だがB子とB子彼氏は間に合わず。
私は気絶し、次に気が付いたらダンプカー運転手さんと同じ病院だった。

その後、警察に事情を聴かれ説明し、バイト先に戻ると、燃え跡はあったがB子彼氏の車やダンプカーは撤去されていて、小さい献花台が出来ていた。
B子彼氏は当時、暴走族の結構上の地位だったとかで、一時バイト先にその仲間が来て溜まり場になったが、店長とAさんがゆっくり追い出し、しばらくするとまた何時もの活気あるガソリンスタンドに戻った。

私は結局そこで働きながら通信制大学にも行き、26才で卒業し、ガソリンスタンドの系列会社に就職した。
そして同じバイト仲間で同じ年だった男性(最初にB子を怒鳴りつけた人)と結婚した。
Aさんもガソリンスタンドの責任者になっており、結婚式にも参加してくれた。

数年前・丁度今の時期、Aさんの突然の訃報を聞き旦那と駆けつけた。
当時の仲間も集まってて同窓会みたいな感じで葬式は行われた。
Aさんは肺がんだった。
奥さんも当時のバイト仲間だった人で、色々お話を聞いたが、優しい人だったので色々悩みがあったらしい。
高校生のAさん息子さんがAさんそっくりだった。

旦那と私、当時の友人達を優しく見守り育ててくれた、当時の店長とAさん(親戚だった)には、今も感謝している。



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