589: 名無しさん@おーぷん 21/07/03(土)13:27:36 ID:Xm.f0.L1
小2の頃の母の対応が神すぎて救われた出来事。

私は小学生の頃に転校して、その転校先でデブ男児から目をつけられてイジメられた。
そのイジメも直接的な暴力で、殴る蹴るはもちろん、椅子を投げつけられたこともあった。

登校一ヶ月あたりしたとき、そいつがおフザケで振り回してた棒が私の顔にクリーンヒット。
皮膚が裂けて血が出てた。
腫れ上がった顔面にも構わず保健室で泣いて、
「あの子が怖いからどこかにやって!」
と訴えたが、
担任の判断は加害者を保護して被害者を教室から追い出すという選択だった。

そして親に連絡を入れられ、強制的にお迎えがきた。
が、私の顔を見た母は、即座に
「加害者の親を呼び出すように」
と担任に要請。
担任がなだめるのを無視して、私を連れて教頭と校長のもとへ乗り込んだ。
「今すぐ(加害者の)保護者を呼べ、でなければ今すぐ警察に電話する」
と、校長室の電話機を人質(?)に取った。




当時はまだ低学年の子がいる家庭は専業主婦が多かったので、加害者の保護者も割とすぐ連絡がついて、加害者と一緒に校長室に入ってきた。
時間がたったせいか、アイスパックで冷やしていた顔がどんどん腫れ上がっていたけど、事情を聞いた保護者は私に向かって
「(加害者)くんはねぇ、(被害者)ちゃんのことがだーいすきなの!
毎日家で(被害者)ちゃんの話をしてるのよー。
だからね、今回のことも(被害者)ちゃんが好きすぎてやったことなの。
ごめんね?
ほら(加害者)くんも謝って!
はい、ごめんなさい!
ね、許してくれるよね?」

とまくしたてた。

私が呆気にとられていると、母は
「許すわけがないでしょう」
と静かに言い放った。
もちろん私も許す気なんてなかった。

母は私のガーゼとアイスパックを取りかえるよう女の先生に伝えて、私はその先生に連れられて保健室に行った。
しばらく保健室で休んでたら、
警察がパトカーに乗ってやってきた。
私はよくわからないまま、パトカーの後部座席に乗せられて自宅まで送られて、翌朝すぐ病院に連れていかれて、そのまま学校はお休みした。

しばらくは病院に毎日通って消毒を繰り返してた。
「跡が残らないように傷口は絶対に汚さないように」
と口酸っぱく言われた。
そして次に学校に行くようになったとき、学区外の違う学校に通うことになっていた。

次の学校は遠かったけどクラスに暴力的な子もいなくて、めっちゃ平和で、卒業までそこに通い続けた。
中学になったとき、『そのまま上がるとイジメっ子と同じ中学になるから』と、私立校を受験した。
学費のこともあって高校は公立にしたけど、そこで私のことを覚えてる子と出会った。

私が休むようになったあと、加害者は私の机に一輪挿しを置いたり、ロッカーに虫の死骸を入れたりしてたらしい。
それなのに私が登校してこないから、イライラして私に向けてた暴力を周りに奮ってたそうだ。
そして中学で明確に犯罪行為を行って、少年院に行ったらしい。
親も親でかなりヤバイ人種の人だったらしい。

殴られた日のことだけを見たなら、私は担任の思惑通り学校から追い出された敗北者なのかもしれないけど、
母のおかげでそれ以上の被害者にはならずに済んだし、平和な日常的を手に入れられた。
もしあのまま通ってたら、不登校になってまともに勉強もできずに社会に出ることすらできてなかったかもしれない。

あの日の母に心から感謝してる。



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