602: 名無しさん@おーぷん 20/10/13(火)11:20:09 ID:7s.zw.L1
伯父の変化が修羅場。

祖父母が都市部近郊の閑静なところでフリースクールをやっていた。
そのフリースクールを、在宅で仕事ができる伯父が手伝っていた。
もちろん『(伯父)は仕事優先で良い』って事だったみたいだけど、フリースクールなんて今でこそ行政の支援があるけど、その頃はなかった。
なので、経営が厳しいときは伯父の収入から出させる様になっていった。
伯父もノンキと言うかお人好しだったので出していたみたいだけど、伯父の収入が上がるとますます金を出す様にさせられていった。

その金で経営を立て直すなら良いんだけど、祖父母は児童向けのイベントをやたらやって収拾がつかない状態。
また金が足りなくなるので、伯父が経営改善のために主たる仕事をフリースクールの方にしたんだけど、祖父母は言う事を聞かなかったらしい。
共○党の党員という人も足繁く通って、祖父母を褒めそやすそうだけど、何も手は出さない。
それどころか経営立て直しに入った伯父を守銭奴扱いしだした。
伯父は地域への貢献と言うことで消防団にも入って頑張ったそうだけど、その消防団でも悪い噂が流れ、頑張れば頑張るほど悪評を広められたらしい。

ノンキでお人好しだった伯父の目つきが悪くなってきたのはその頃。
祖父もその頃に死んで祖母だけになったけど、やっぱり共○党の人が祖母をおだてあげるから、ちゃんとした経営ができない。
それどころか伯父を蔑ろにしだし、伯父の意見ややることに切れまくる様になった。

伯父はそれでもなんとかしてたみたいだけど、だんだん伯父の姿を見かけなくなった。
母が気にして伯父に話をしにいったら、伯父は
「自分の持ち物が売られていた」
って話していた。
「残った物はなんとか守った」
と言っていたけど、母曰く
「目が死んでいた」
と言う話だった。




そんな伯父に止めを刺したのは、消防団や町内会で『無駄金を使う』とか『嘘で保身をしている』と言う話を広められてしまった事。
それでがっくり来たのか、伯父はほとんど口を聞かない人になった。
会ってもそんなに喋らなくなってた。
フリースクールのほとんどの業務は伯父がやっていたが、祖母は相変わらず共○党の人におだてられて調子にのって伯父を蔑ろにしてた。

そんな中で伯父がいなくなった。

どこに行ったか判らないけど、自分が大事にしていたものを全部持って居なくなった。
フリースクールも職員の一人にまかせる書類を作成して引き継ぎもしていってた。
おだてられて調子に乗っていた祖母は大慌てで探した様だけど、行方はわからない。
職員も新しい住所等は知らなかった。

お人好しでノンキだった伯父は、いろいろ頼まれるとやっていた。
だから町内でも便利な人が居なくなったからとしばらくは混乱してた様だけど、徐々に落ち着いてきた。
もともと悪評を広められていた分、居なくなっても誰も気にしなかったんだろうね。
でもフリースクールはその後ちょっとだけ続いたけど、うまく運営できるはずもなく、閉鎖。
祖母をおだてた共○党の人はすぐに連絡をたった。

もう携帯電話が普及してる時代だったから、伯父に電話をしたりしたみたいだけど、着信拒否をされていたとか出ないとかばかりだった。
伯父が生きてるかどうかも、フリースクール閉鎖からしばらくしたらどうでも良くなったのか、誰も伯父の事を口にしなくなった。

そんな頃に伯父から手紙が来た。
見知らぬ差出人だったけど、それは伯父が家族が勝手に見ないようにしての事だった。
伯父と仲が良かった自分にあてた手紙。
『良いことをしても良い結果にならない』
って事や、
『家族が頼ってきても切り捨てること』
『よほどの事があっても人を信用するな』
と言う感じの文章。
伯父は
『将来のために警告しておく』
と言う風にかいていたけど、
(多分これは復讐の手紙なんだろう)
と、
(自分にだけ送ってきて、絶縁の理由や恨み言を代理で言ってもらいたかったのだろう)
と思った。

伯父とはその後も会うことはなかった。
手紙もそれだけだった。

祖母はフリースクール閉鎖後にボケた。
『施設に入れるか?』となったが、金は祖母が『全部スクールの子に使う!』と言って共○党の人と一緒に子ども相手と言う名目のイベントをやって宣伝に利用されていたから、無い。
それまで祖父母のことをほぼ伯父に任せきりだった叔父と母が介護をしているけど、私は関わらない。

伯父が消えたとき、手紙がきたときと理由を知ったときが修羅場。

今は叔父と母は因果応報だと思って静観している。



FREE LIFE
FREE LIFE