716: 名無しさん@おーぷん 19/10/21(月)23:59:37 ID:ez.yh.L1
アンガールズ田中がラジオで話してた母親の弁当にまつわるブチギレ話を聞いて、小学生の授業参観のことを思い出したので誰か聞いてくれ。
昔の記憶を掘り起こしてるので、途中変な部分があるかも。

授業参観の内容は食育について。
事前の授業で家族で夕飯をとることの大切さを学び、家族揃って夕飯をとれているかアンケートがとられており、とれていない子は一週間以内に家族全員で夕飯をとる日をつくることが課題だった。
今では信じられないような授業かもしれないけど、授業参観はその結果を発表する日だった。

そのとき私は小4で下に五歳離れた妹がおり、さらにうちには末期がんの祖母がいた。
母は看護師で、夜勤をしながら病院の託児所に預けた妹の世話と、病院に入院してる祖母の世話をしていた。
祖母は死を間際に赤ちゃん返りしたようになってて、無条件に両親から愛情を注がれる私や妹に嫉妬するから母は私や妹を連れて祖母の看病をすることが出来ず。
小4の私が母を恋しがる妹をなだめて寝かしつけてる間に母が病院へ行き、看病にする日々だった。
父は当然のように子育ても介護も何一つしなかったが、それでもお金だけは稼いできたのでまだマシだった。

そんなドタバタした家庭環境なので、家族揃って夕飯なんて夢のまた夢。
急患の会った日は母も帰ってこず、私は一人カップ麺の夕飯なんてこともあった。
だけど母の苦労は知っていたし、結局誰かがやらなければならないことだから、母を責めたことなんて一度もなかった。
祖母の世話だって、本来は二人いる伯父がやらなければならないが、長男の伯父は祖父の遺産を持ち逃げして失踪したし、次男の伯父は子供が重度障害者で介護できる環境になかった。
母がやらなければ祖母を見られる人は誰もいなかった。

そんな環境なので、私は先生からの課題を達成できていなかった。
だけど私は、忙しいながらも可能な限り毎日お弁当を作り置き手紙を置いて働きに出る母に感謝こそすれ、母親失格・食育失敗だなんて思ってもみなかった。

しかし参観日の発表で、二十代の若い担任は、たった一人食育の課題をクリアできていなかった私を母共々否定した。




たった一日すら時間のとれない母を『愛情不足だ』と遠回しに、でも子供にもわかるように言った。
後ろに立っていた参観に来た保護者たちも、どよめいているのがわかった。
当時共働きの家庭は本当に少なく、母は以前から同級生の親たちに『母親失格』と影口を言われていたから。
保護者たちのどよめきも母に対する陰口だということは幼い私でも理解できた。
当時は働いてる母親は専業主婦の母と親から当然のように見下されている時代だったから。

でも私は働く母を『恥ずかしい、誰かの母より劣っている』とは思わなかった。

「お母さんがお金を稼ぐことがテイゾクなら、○○先生も子供居て働いてるからテイゾクなんですか!
○○先生(担任)も女なのに働いてるからテイゾクってことですか!
○○ちゃんと○○ちゃんのお母さんが私に言いました!
子供いるのに働いてるなんてテイゾクだって!
先生も3歳の子供がいるのに働いてるからテイゾクなんですか?
○○ちゃんと○○ちゃんのお母さん!
先生、ご飯を一緒に食べることがそんな大切なんですか!
ご飯を一緒に食べないと暖かな心が育たない冷たい意地悪な子になるっていうなら、じゃあなんで毎日ご飯一緒に食べてるのにすぐ人のことを殴ったり蹴ったりする子がいるんですか!
なんで人の物を盗んだり壊したりするのに謝らない人がいるんですか!
お母さんは働いててもご飯作ってくれる!お手紙くれる!
お母さんは最低じゃない!
私は意地悪じゃない!お母さんが自慢だって言ってくれる!
お母さんだって最低じゃない!お母さんは凄いんだから!働くお母さんすごいんだから!かっこいいんだから!
お母さんバカにするな!」

717: 名無しさん@おーぷん 19/10/21(月)23:59:43 ID:ez.yh.L1
私の記憶ではこんなことを大声で叫んだんだけど、多分実際はもっと支離滅裂だったかもしれない。
とにかく大声で周りが止めても叫んだ。
何回も何回も同じことを叫んだ。
当時まだ暑くてどの学年も扉と窓を全開にしていたから、私の声は左右の3年と5年のクラスだけでなくすぐ下の2年のクラスと職員室にまで響いてたそうだ。
私が大声で叫ぶからそれを止めようと語気を荒げて叫び返す担任の声も響いていたそうだ。

最初に5年生のクラスの男性担任が入ってきて、私の肩をおさえて落ち着かせながら担任にも落ち着くように声をかけた。
その後すぐ教頭と事務の人がやってきて、私は教頭に連れられて保健室まで連れて行かれた。
そこでひとしきり泣いて泣いて、気づけば参観は終わり、下校時刻にもなっていた。

しばらくして保健室から校長室につれられていくと、そこにクラスメイトのHくんとKちゃんのお母さんがいた。
二人とも働いていて、母と同じように、専業主婦をしているお母さんたちから酷いことを言われてる人だった。
二人とも入ってきたばかりの私を凄く褒めてくれた。

校長先生は、あったとこを直接二人のお母さんから聞いて、その場ですぐ担任に謝罪させた。
後日、担任は家にまできて母に頭を下げた。
担任は打たれ弱かったのか、その後、病気という名目で学校に来なくなった。
しばらく代わりに教頭先生が授業していた。

そのまま日時は過ぎて、私が中学生になった頃。
私は母が働いていたから、お願いして塾に行かせてもらえて、成績も公立ながらトップクラスを維持できていた。
一方専業主婦の方々は、その頃になって漸く勉強や受験など、子供が大きくなるとお金が必要なことを悟りだして働きに出ようとしていたけど、皆アルバイトやパートで、それまでさんざん馬鹿にしていた人たちの仕事をしていた。
働いてるところに出向くと、私の顔を見て隠れたりおどおどしたりしていた。
小学生の頃からずっと
「働くことを馬鹿にしてたらいつか必ず自分が恥をかく」
と母に教えられてたので、本当にその通りだと思った。

今は私が働く立場の母親になり、地元で会社をおこしている方を父を持つ高校の同級生と結婚したため、私の働く職場のパートさんの中には、当時同級生の母親だった方もいる。
名前が変わったからか私を覚えてない様子だった。
休憩時間、
「私も資格を持ってれば、こんな年になっても小銭を稼ぐような生活はしなかったのに」
と愚痴を零していた。
やはり母の教えは本当だと思った。



work out fine
work out fine