801: 名無しさん@おーぷん 2018/01/04(木)00:52:40 ID:???
この先どうなるかわからないけど、ちょっとだけ「ざまぁ」と思ったので書き込み。
長いので2つに分けます。


私が子供の頃から外に女囲って、母には自分の親に孝行させてたクズ父。
私は何度も母に離婚するよう言っていたのだが、母は家庭板?既女板?で言うデモデモダッテ&エネmeで行動しなかった。
しかし私が就職したことで、父が
「親の責任は果たした」
と母に離婚を要請した。
母もやっとその気になったので、弁護士を挟んで離婚成立。
私が母を引き取って2人でアパートで暮らし始めたのが去年の秋だった。

新生活の最初の日曜日、ランチに母をおしゃれなイタリアンレストランに連れ出した。
秋晴れの暖かな日で、陽の差し込む窓際の席でいい気持ち。
隣席で若い夫婦が食事していた。
夫婦はちょっとおめかししてて、きれいな奥さんはちょっとお腹が大きくて、旦那さんは優しく奥さんを見つめながらあれこれ世話を焼いていた。




母がこそっと私に
「あの奥さん、おめでたね」
と囁いたので
「そうね。いいね、休日におしゃれして夫婦でランチ」
と答えると、母は突然片手で顔を押さえて嗚咽をこらえだした。
「どうしたの!?」
と囁くと(囁いてばかりいるのは、隣席に聞こえないようにするため)、
「うん……いいなあと思って。そういうの、やったことないから」
と涙ぐみながら答えた。
結婚してから、2人で外食なんてことはなかったそうだ。

続きます。

802: 名無しさん@おーぷん 2018/01/04(木)00:54:18 ID:???
続きです。

そんな父と離れられなくてひどい扱いされていたのは母の自業自得ではあるが、そもそも父が悪いんだし母も洗脳されてたわけだし。
そもそも……娘の私が言うのも恥ずかしいが、愛し合って結婚して(つき合ってた頃や新婚当時のラブラブ写真や手紙が残っている)、父が早々に母に冷めて若い女に走っても、母は父を愛してたんだし。

しかし、離婚したことでしょげていた母はその日以来、顔色が明るくなり
「日曜にイタリアン!なんて楽な生活なんだろ!」
と浮かれまくった。
そりゃそうだ。
これまで何もかも母に押し付ける父とジジババの世話をしてきたのが、自分のことだけしてりゃいいんだもの。
私も自分のことは自分でするし。
母は
「○ちゃん(=私)のお金は使わない」
と自分でパートを探してきて
「趣味も作りたいし新しい友達も欲しい」
と市民講座のカルチャーにも通い始めた。

そしてこの正月、最後まで母と私の味方をしてくれた叔母(父の妹)から年賀状が来た。
ジジババ揃って認知症、さらにジジには入院加療の必要な重病が発覚し、父はショック?で顔にヘルペスが出て顔がまだらになってるそうだ。
長男教の被害者である叔母は逃走済み。

母より私に歳の近い後妻さん(囲ってた女)、がんばってねー。



がんばらなくてもいい―自由にのびのび生きるヒント ほっとする老子の本