913: 名無しさん@おーぷん 2017/08/23(水)04:39:48 ID:OAr
別スレに、「もう全部決まっててあとは確認の肯定だよねってところでいきなり否定する癖がある奥さんの話」があったけれど、私の毒母の場合は物事が済んでから
「あれは嫌だった」
と怒り出し、父や子供達に
「自分が理不尽な思いをさせられた」
「自分は物凄く我慢させられていた」

と恨み言を言うタイプだったから、本当に困ったし、腹が立った。

旅行の計画をたてる時は「どこに行きたい」とか何も希望を言わなくて、実際に旅行し、旅行から帰る電車の中で
「本当はここには行きたくなかった」
とか言い出していた。
旅行以外でも、もう済んでしまって取り返しがつかない段階になってから
「本当はこうしたかった」
とゴネてた。
事前に母の悪癖を指摘して、
「後からの文句はダメだ」「今のうちに言って」
と何度も何度も確認したけれど、治らなかった。

ついに父は旅行だけでなく何もかも全てを母にまかせた。
すると、母は父の事を
「無責任」「全部、私に押し付けて」
と非難し、罵倒するようになった。
実際は母が処理したと言っても、母がやったのは業者に予算を提示するだけ。
旅行は旅行会社のおすすめのまま、家の修理は知り合いの大工のアドバイスのままだった。
その後、父は心筋梗塞で早くに亡くなった。

老後、母は子供達から相手にされなくなった。
高齢となった母のために、在宅介護なら実家のリフォームとか、老人ホームへの入居なら資料集めや見学や体験入居など、母の身の振り方を子供達が考えなければいけなかったが、事前には誰も考えなかったし、行動しなかった。
母も自分から考えて行動しなかった。

衰えた母から私の兄弟それぞれに
「放置されている」
と非難の電話が来たが、
「何度確認してもお母さんは後から文句を言うから、私はお母さんの意志が分からないし、言葉も信じられないから対処できない」
と、私も兄も姉も皆、示し合わせたように同じ事を言った。
その後、母は自宅で急変して亡くなった。
誰かがそばに居て、救急車を呼べは生きて居たかもしれない。
でも私は、母の自業自得だと思ってしまう。

結局、母は、自分の意志が分からなかった人だったんじゃないかと思う。
母の昔話を聞くと、時代もあってか母は若い頃から自分の両親の言いなりで、自分の意志を持つことが許されていなかったらしい。
母は、自分で判断して行動し物事を完結させた経験が少ないから、事前にある程度の結末が想像出来ず、実際に事が起こり現実に直面してからやっと
「自分はこうしたいのだ」
と分かる人だった。
でも、事が起こってからは「時すでに遅し」で、母が不満なまま物事は終了してしまう。
後年、母親という権力者の立場になってからは、後から文句を言って不満を夫や子供達に投げつけ、責任転嫁するようになったんじゃないだろうか。
自分の意志を持てなかったという意味では母も哀れな人なのかもしれない。

後から文句を言う、二枚舌を使う、これは最後には自分に返ってくるのだと、母を思い出す度にしみじみ思う。



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