618: 名無しさん@おーぷん 2017/08/07(月)16:30:52 ID:sFn
お盆になると思い出す話。

昭和の末期、当時7歳ぐらいだった私は家族とともに祖父母宅に帰省した。
祖父母宅=いわゆる本家に集合するもんだから、30人ぐらいいるんじゃないかと思うぐらいの人が集まった。

その中の小学校中学年ぐらいの男子(A)が厄介者だった。
当時はPLの清原が打ちまくってたのもあって
「清原はすごいな」
なんて話を親戚がし始めると
「オレ清原のホームランボール持ってるぜ!」
と。
北陸に住んでるAが持ってるわけないのに。
盆の前に別府だったか道後だったか城崎だったかの温泉に行った親戚が、祖父母にお土産を渡していると
「オレもこの前行ったぜ!」
逆に「旅行に行っていない」と言ったAと同い年ぐらいの親戚には
「オレは今年アメリカ行ってきたんだ!」
と。




最初の3年ぐらいは
「えーすごいね!」
って真に受けたけど、何度も何度も同じことをそれも正月と盆にやるもんだから、7人ぐらいいた私も含む同世代の子供は相手にしなくなっていた。
そんな子だから同世代の子同士で遊ぶ時も必然的に省かれて、それでAが親に泣きついた。
祖父母筆頭に親たちも
「みんな仲良くしなきゃだめじゃないの!」
というので仕方なく仲間に入れても、かくれんぼしているときに
「誰々はあの木の陰にいるぜー!」
と叫び、バーベキューでは自分のツバを付けて肉を確保する。
「あまりに酷い」
と祖父がA親に注意したんだけど、A母はむしろ逆切れしたので、親族一同で
「これからはA家が来るちょっと前に帰る予定で帰省するか、A家が帰るちょっと前に帰省する」
という決まりができた。

というわけで毎年1時間ぐらいはAの顔を見ないといけなかったんだけど、平成に変わった数年後にAの姿を見なくなった。
「Aはどうしたの?」
と聞いたら…。

Aの高校の同級生(水泳部)が
「2分ぐらい息止められる」
と言って女子に
「すごーい!」
と言われていたので、Aも負けじと
「俺は3分できるぜ!」
というので、女子から
「じゃあやってみてよ」
と言われ、実演したところ、できるわけもないのに無茶をしたため倒れて、体に障害が生じたらしい。

それだけでも神経が分からないのにもっとわからないのは、A親がその女子と水泳部員の家に治療費と慰謝料を請求して裁判になったとか。
結局通らなかったそうだけど。

毎年盆になると思い出して、「あの一家と一応は血がつながっているんだな」と思うと少し気持ち悪くなるまでが一連の流れになりつつある。



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