525: 名無しさん@おーぷん 2014/12/01(月)21:38:34 ID:YZV
毎年年末年始になると子供の写真入り年賀状の是非が話題になるけど、一度だけ泣きたくなるような年賀状の思い出がある。

元々私は子供が大好きで、結婚前には保育士をやっていたぐらい。
ところが結婚して3年が過ぎても子宝に恵まれず不妊治療を開始した。
その病院で高校時代の同級生にバッタリ会った。
不妊治療であることはお互いにバレバレだし、ふたりとも始めたばかりだったから情報交換し合ううちに仲良くなった。

で、初めての体外受精。
私は運よく受精卵を子宮に戻すことができたが、彼女は細胞分割が進まず、受精失敗。
その時彼女から
「先に妊娠しても嬉しそうにしないでね」
と釘を刺された。
自分ではもしそうなった時に、彼女の前で浮かれるほど無神経ではないつもりだったから、胸に棘が刺さったような感じが取れず、彼女と少し距離を取り始めた。




その後、戻した受精卵はうまく着床せず失敗。
そのあと会った時に
「どうだった?」
と聞かれたので
「ダメだった」
と答えたら、
「そう、良かった」
とつぶやいたのが聞こえてショックだった。
それで彼女の遠くの席に座り、その後一切スルーした。

彼女自身は私が何を怒ってるのか分からないらしく、話したげにチラチラ見てたのは知ってたけど、とにかく不愉快だった。
今思えば私もナーバスになってたんだろうと思う。
それまで午前中に通ってたのを、彼女と会わない為に午後の診療に切り替えた。

その後2年ほど経って、生まれた赤ちゃんの写真入りの年賀状を送ってこられた。
住所の交換をした覚えはないが、再会したばかりの時に、私が一人っ子なので夫は婿養子ではないけど私の実家で同居してる話をしていた。
それで卒業名簿から送ってきたんだろうと思う。
そして写真の横には
「人並みの家庭を得ることができました」
と書いてあった。

その時の感情は言葉に出来ないほどだった。
彼女が治療に成功して、我が子を抱けたのならそれはおめでたいことだと思う。
私もいつか同じように子供を授かることができるんだろうかと希望にもなる。
だけど当時の私は何度も失敗を繰り返して、貯金がどんどん目減りしていく焦りと仕事を続けながらの治療の限界にもぶち当たって悩んでいた。
そんな私には「人並みの」という言葉がナイフのように突き刺さった。
生まれて初めて人を憎いと思った。

翌年にも送ってきた。
翌々年には送ってこなかった。
こちらから何のリアクションもないから飽きたのかな?
と思っていたが、人づてに聞いたところ
3歳になる直前に脳障害が発覚したんだとか。
それを聞いたとき、
「(子供に罪はないけど)親の罰が子供に当たったんだ」
と思ってしまった。
そしてそんな最低なことを考えてしまった罰が下ったのか、私はその後も子宝に恵まれず治療は諦めた。
が、最近やっとそういう人生もありと受け止めれられるようになった。



泣き声は聞こえない (創元推理文庫)