因果応報かんじたとき より
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67: 名無しさん@おーぷん 2014/10/31(金)09:41:17 ID:HrfAjglJ8
知り合いが毒母にやった、復讐というか因果応報な話。

A妻は所謂放置親で、子供が学校から帰ってきたら宿題をさせてあとは
「子供は風の子」
といって外に追い出していた。
「子供が家にいるとうるさい」
とかなんとか。
子供が具合悪くても外に出すので近所で問題になったこともある。
(A夫は空気、というか家族にも子供にも関心がない。)
子供が高熱なのに病院にも行かず学校に行かせ、学校から指導が入ると子供にあたりちらすような人だった。

そのくせ、親戚とか知人が入院すると、『お見舞い』に行くのが妙に好きというか、必ず行きたがる。
『お見舞いに必ず出向く偉い私』と思っていたようだ。
普段は行き来がない親戚が入院した時に、わざわざ『お見舞いのため』に飛行機の距離でも押しかける。




月日は流れ、子供が思春期になった頃、まずA夫が体調を崩した。
普通だったら大黒柱が調子悪いといったら休ませるし病院とか心配するんだけど、A妻は何もしない。
そしてとうとうA夫が入院になった瞬間、
「夫をささえないと」
と子供を家において病院に泊まりこんでた。
そのころA妻の第2子も体調不良を訴えていたが、
「病院代が勿体ない」
とか、
「お父さんが入院しているんだから我慢しなさい」
といって放置。
A妻の第2子は急性白血病のようなもので ある時に倒れて、そのまま病院で帰らぬ人になった。
A夫もほぼ同時に身罷る。
葬儀であつまった親戚が事情を知ってA妻を責めたがききゃしない。

当時A妻の住んでいた自治体は 18歳未満の母子家庭の子供の医療費はタダだった。
A夫が死んで寡婦になってこの恩恵を受けられるようになったので、今度は何かというと病院に子供をいかせていた。

さらに月日は流れ、A妻のほかの子供も独立して家を出て、20年以上経過。

68: 名無しさん@おーぷん 2014/10/31(金)09:53:23 ID:HrfAjglJ8
子供達が独立して20年も経ったころ、A妻の第一子が亡くなったと連絡が来た。
第一子はすでに結婚していたが、家を出てからほとんどA家に寄り付かなかった。

でね、A夫妻の第一子 仮にA子とする。
そのA子はすでに結婚して子供もいたらしい。
A子は数年前に病気になって入退院を繰り返し、とうとう亡くなったらしいのだけど、A妻のところにはA子が亡くなって葬儀も終わってから、弁護士という人から連絡が来たんだそう。

A妻はA子が死んだのも驚いたが、
「何年も前から入退院しているのであればなんで知らせない」
と弁護士に詰め寄ったんだそう。
あとA子の配偶者もなんで知らせないんだと文句をいいつつ、
「孫に会いたいから会わせろ」
と言ったらしい。

ここらへんは噂話なのでどこまで本当かはわからない。

A子は、子供の頃にA妻から禄に面倒を見てもらえなかったことや、体調が悪いのに無理やり学校に行かされて病院にもかかれなかったこと、父親が入院した時に普段が無関心なのに掌を返すように『尽くすアテクシ』を演じた母親(A妻)が大嫌いだったそうだ。
だから結婚しても連絡はしてないし、子供が生まれたことも伝えない。
というか伝わらなくてもA妻は、A子が独身のまま働き続けているんだろうと思っていたそうだ。

配偶者にA妻の毒っぷりを伝え、
「入院しても決して連絡するな。押しかけてきてこちらの負担になる。葬儀だって口だけだして手も金も出さないから絶対連絡するな。」
といい含め、配偶者もA子の事情を理解してA子の意思にまかせたらしい。

69: 名無しさん@おーぷん 2014/10/31(金)10:00:48 ID:HrfAjglJ8
弁護士がそこまで事情を話したりするものかどうか知らないが、上記の事情を説明されたあとA妻はへたりこんでいたそうだ。

A妻はその後、孫に会いたいといってA子家に連絡を取ろうとしたが、すでに電話は通じず。
住所もかなり昔のままだったらしい。
弁護士に頼んだらしいが、
「子供が20歳になって会いたいと言い出したら面会を許可するが、それまではあわせないのがA子の意思だ」
というので連絡もつかないらしい。

噂ではそもそもA子はすでに海外逃亡してそこで亡くなったとか、これはあくまで噂。

A妻には他にも子供がいて、その子たちはA子と連絡はとって事情も知ってはいたらしい。
弁護士につかみかからんばかりの勢いで
「孫に合わせろ」
と叫ぶA妻に、
「子供の頃ネグレクトまではいかないにしても外に出されて辛かった」
「他人が病気になったら嬉々として入院先に押しかけるのが恥ずかしかった」
「病気になっても医者にもかからせてくれなかった」
「都合のいいときだけ子供をおもちゃ扱いにした」
等々を諄々と説いて、
「あきらめなよ」
と言ったらしい。
その他の子供達も、
「子供時代辛いことばっかりで幸せな家庭というのがよくわからない」
と独身だったりするし。

そしてA妻のほかの子供も入院とかの時には意地でもA妻には連絡しないそうだ。
兄弟同士助け合っているらしい。



風になれ!子どもたち―児童ケースワーカー・10年の記録 (野本三吉ノンフィクション選集)